「ポンディシェリ」フランス文化が残るインドの街

インドには様々な人々のグループが混在しています。

地域により話す言葉、そして方言は様々で、その数2000言語とも言われています!

そのため公用語として定められているのはヒンドゥー語と英語です。

しかし、そんなインドでも、フランス語が通じる街があるよ!とフランス人から教えてもらいました。

一体どのようなところなのでしょう?

 

インド東海岸の街「ポンディシェリ」

インドで珍しく、フランス語話者がいる街

フランス語でPondichéry、英語でPondicherryと書くポンディシェリ。

ベンガル湾に面したところに位置しています。

ここは過去にフランスの植民地だったため、未だにタミル語、英語、そしてフランス語が会話に使用されているのだそうです。

インド

出典:google map  建物には通り名がフランスと同じく青いプレートで記されています!

 

ポンディシェリの歴史

時は太陽王ルイ14世が治める絶対王政時代のフランス。

1674年に東洋での貿易や、インドへの進出のために、

フランス東インド会社がポンディシェリの土地を購入し、拠点を作ります。

他、同じ頃にインド洋上のブルボン島(レユニオン)を1664年、

ル・ロワイヤル島(モーリシャス)を1718年、

セーシェル諸島を1756年にフランス領としています。

インド

出典:google map

 

インドの現チェンナイ(当時マドラス)にはイギリス東インド会社が拠点を置いており、

それぞれインドでの覇権を争っていました。

1761年にイギリスとの戦争で一度ポンディシェリは降伏し、イギリスの植民地下となりますが、

1763年のパリ条約により、ポンディシェリは再びフランスの植民地に戻りました。

その後1954年にインドに返還されるまで、

フランス(一時イギリス)による植民地が続いたのでした。




映画「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日 」でもポンディシェリが登場しています!

主人公、パイが生まれ育っていた最初の街がポンディシェリでした。

映画の中では「インドのリヴィエラ(南フランス、地中海沿岸のリゾート地を指してフレンチリヴィエラと呼びます)」と表現されています。

物語は1954年、ポンディシェリがフランスからインドに返還された年にパイの父親が動物園を始めたのでした。

フランス文化だけでなく、ポンディシェリはインド人居住区とイスラム居住区にも分かれており、

主人公パイは若い時から様々な文化に囲まれて育っていくのです。

インド

 

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